正答2
解説
正解は2です。
公衆衛生の歴史に登場する人物・宣言と、わが国の制度の成り立ちを問う問題です。
人物と業績、宣言と年代を正しく対応させることが求められます。
【選択肢別解説】
1:× ジョン・スノウが流行様式を解明したのは結核ではなくコレラです。
1854年のロンドンで、患者の発生地点を地図に記して特定の井戸が感染源であることを示しました。
これは病原体の発見前に行われた記述疫学の先駆けとされています。
2:○ プライマリヘルスケアは、1978年のアルマ・アタ宣言で示された理念です。
「すべての人に健康を」を目標に、住民参加と基本的保健サービスの提供を重視しました。
3:× ヘルスプロモーションは、ウインスローが提唱したものではありません。
1986年にWHO(世界保健機関)のオタワ憲章で示された考え方です。
ウインスローは公衆衛生の定義を示した人物として知られています。
4:× 国民皆保険が確立したのは第二次世界大戦前ではなく、戦後の1961年です。
国民健康保険法の全面改正により、すべての市町村で国民健康保険が実施されました。
5:× 保健所の数は増加ではなく減少しています。
1994年の地域保健法制定以降、統合や再編が進み、1990年代の約850か所から大きく減りました。
【ポイント】
アルマ・アタ宣言(1978年)はプライマリヘルスケア、オタワ憲章(1986年)はヘルスプロモーションと対で覚えましょう。
スノウはコレラ、ウインスローは公衆衛生の定義という組合せも頻出です。